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概要

higaeri_arukutabi

ヴォーリズ夫妻が暮らした木造二階建ての住宅。現在は夫妻ゆかりの品々が展示されている。1919年にヴォーリズと結婚した子爵令嬢・一柳満喜子が初代園長を務めた清友園幼稚園。堅実で温かみのある講堂兼体育館も健在だ。現在の名称は建築費を寄付したメンソレータム社のハイド氏にちなんだもの。大きく健康的な窓と、小さく居心地の良い場所。使い手の時間を豊かにする工夫が各所に施されている。2代目の近江八幡YMCA会館として1935年に完成。柔らかなデザインは同じヴォーリズが設計した初代の会館を踏襲している。外観のみ見学可。古い街並の中、1921年に建てられた郵便局が目を引く。ヴォーリズが得意とした明るくて親しみやすいスパニッシュスタイルは、関西の住宅地に広まっていった。ヴォーリズ学園ハイド記念館旧八幡郵便局アンドリュース記念館ヴォーリズ記念館地元の人に愛され維持されてきた建築ばかりだね建築史家、大阪市立大学准教授。作家の柴崎友香さんとの掛け合いも楽しい『大阪建築 みる・あるく・かたる』(小社刊)、戦前の建物の愛らしさに写真と文章で迫る『東京レトロ建築さんぽ』など、建築歩きの著書も多い。倉方俊輔/くらかた・しゅんすけ ヴォーリズは隣人愛の精神を、言葉によって説いた。空間で語った。そして、何よりも彼という人間そのものが、伝道の媒体だったのだろう。だから、彼を手助けする者が現れ、事務所に優秀な設計者が集まった。雰囲気の良さが豊かな仕事を生んで、戦前までに1500の物件を手掛けるまでになった。それらの多くが維持され、愛されて、今や街の伝統の一部になっている。 ヴォーリズは自我を貫き通すことよりも、いつも与えられた場所で楽しげに咲いて、人を幸せにしようとした。それは一見「建築家」らしくないようで、現代に一層、必要な性格なのではないか。近江八幡は、ヴォーリズが生き続け、考える幅を拡げてくれる場所だ。It’s aVORIESWorld!95