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概要

M1705

 女性で店主で板長で、この経歴。編集部によれば、大阪でもちょっと聞いたことがないという。 午前10時。案外小柄な彼女は、自転車界のスーパーカブと言われるらしいシブい一台で現れた。中村さんの1日は、プロ御用達の木津市場から始まる。いつも貝類を買う店は鮨屋の顧客が多く、常に10種類ほどの貝を扱っている。今日の目当てはハマグリと大分の赤貝。が、残念ながら大分産は入荷無し。せやけどこれもええで、と店のおじさんが選んだ赤貝を見て、彼女は中を見せてと頼んだ。「色と肉厚を見ます。重さでだいたいわかるけど、天然ものは時々茶色いものがあるから」 いくつか買って、黒門市場へ。タクシーを降りたら、自転車の彼女のほうが早く着いていた。ここでは「身がしゅるっとしていて、お造りにするとぷるぷる感が違う」という宮城のアブラメ(アイナメ)、肥えた愛媛の鯛、眩しいくらい銀色を光らせる五島列島のタチウオなどを。 創業91年の豆腐屋?髙橋?ではお豆腐を買いつつ、軒先で豆乳をごくごく流し込みエナジー補給。春らしいお花も選んで、白いビニール袋をいくつもハンドルにぶら下げて、約4㎞の道のりを漕いで西天満の店に着く。 店は、一棟丸ごと借りた建物だった。格子戸一枚に、無地の暖簾。看板と言うにはささやか過ぎる、表札のような木の板に?西天満 中村?と書いてある。これを掲げるまでに23年、いやもっと遡れば十代の頃から「料理人」になって「自分の店」を持ちたかった。「包丁を使って、うまく切れるのが楽しかった」 調理師専門学校で和・洋・中を1年学ぶうち、「技術が難しくて、食べて美味しい和食が面白い」と日本料理を選んだ。 修業期間が長く厳しい日本料理を志す人は、減っていると店を持つまで諦めない。八寸。蕗の薹の白和え、つくし揚げ、イイダコの木の芽味噌和え、鯨のさえずりと浅葱のぬた、酒粕漬けのフォアグラテリーヌ。21