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概要

kyoto_chuka

 「からし鶏どり」は、静かに辛い。 とうがらし色をした半透明のあんを、ぼこぼこした揚げ衣に包まれた鶏にからめてほおばると、はじめに旨みと酸っぱみが、そして数秒後にさわやかな辛みがうわーっと押し寄せる。ぶるぶるぶるっと震えが走る。辛い。もうダメかもしれない。でもおいしい。気づけば、お箸はもう次のひときれをつかんでいる。 「からし鶏。これは一気に食べなあかんね。私も初めて食べた時、何この辛いの! と思たもん。でも中毒になるね。やみつきになるね。一人で2皿食べる人いるしね。皆さん、ぶるぶる汗かいて食べてます」 ? 鳳ほう飛ひ?の看板娘おばあちゃでんある小こ杉すぎ弘ひろ子こさんが、そう言いながら、空あいた湯のみにお茶をそそいでくれた。 昭和57年(1982)の4月18日、「い1ちかば8ちかでやってみよう」と開店された?鳳飛?は、小杉さん一家が営む中華料理店。近所に住んでいた頃、たまに寄らせてもらっていたのだが、初めて来た時は「営業中」の小さな札がかろうじて目印の、民家のような佇まいに躊躇した。 「昔ほどではないですけど、今もいちげんさんはまず入ってきはりませんね。『営業中』って何を営業してんのやろ、っていう(笑)。看板にはいちおう広東菜館と書いてますけど、料理も家庭料理というか、分野のない料理ですしね」 14年前から店を手伝っている、息子で2代目の拓たく哉やさんが話してくれた。この店は、ご主人の隆たかしさんが? 飛ひ雲うん?? 第だいいちろう一樓?? 鳳ほうまい舞?で鍋をふり、弘子さんが?飛雲??第一樓?で接客を務めた後、独立して開店した、いわゆる「鳳舞系」(P88)の店。隆さんが?鳳舞?オープン時からの料理長だったこともあり、いくつかある鳳舞系の店の中でも一番?鳳舞?の味に近いと言う人もいる。からし鶏も?鳳舞?にあった名物メニューだが、ほかの鳳舞系の店ではほとんど作られていないものだ。神戸や大阪で中華料理を勉強してきた拓哉さんも「おそらく京都にしかないメニューでしょうね」と話す。 鶏は、もも肉の軟骨を丁寧に取り除き、卵や小麦粉、片栗粉をまぶして「とんかつの要領で」揚げてある。あんには、香港の辣ラージオジャン椒醤という塩気の少ない辛味噌を使っているそうだ。それを鶏がらと昆布でとったスープで割り、酢などで味付けする。 からし鶏のあんのすっきりした辛さは、てっきり一味によるものだと思っていた。とうがらしの辛みや山椒の香りを複雑にかけ合わせた麻婆豆腐の辛さが「七味的」だとすれば、からし鶏の辛さは「一味的」。京都では、店頭で好みの味に調合してくれる店が数軒あるほど七味が愛されるが、同じくらい一味も愛されている(? 長ちょうぶんや文屋?という店には一味抜きの「六味」があり、通は一味と六味を買って、かけるものによって一味の配分率を変える)。七味の香りをかぐとうどんなどの汁物を思い出すのに対し、一味の辛さを感じると、魚の煮付けやきんぴらなどのおかず辛みと酸っぱみがたまらない「からし鶏」。鶏もも肉が丁寧に下ごしらえしてあるので、揚げ衣もろともサクッと歯が入る。初めて食べた時は「辛すぎる」と驚いたが、今では不思議と、思い出すだけでつばが出る。白いごはんを頼むと付いてくるたくあんが、いい箸休めに。もちろんお酒とも相性よし。