ActiBookアプリアイコンActiBookアプリをダウンロード(無償)

  • Available on the Appstore
  • Available on the Google play
  • Available on the Windows Store

概要

BOTANICA

 ――こんな時分に訪ねてくるなんて、あんたの好い人もずいぶん宵っ張りですね。「だって彼、蝙蝠だもの」 ――えーっ、意外。「あら、批判はよして。闇夜をものともしない、素敵な方よ」 ――ふーん。でも、花粉を届ける先も咲いてなきゃならないでしょう。こんなに遅くていいんですか?「仲間とは、宵の口をまわってから一斉に咲くよう示し合わせてあるから平気です。あちらからも花粉をもらうわけだから、ちゃんと約束してあるの」 ――なるほど。「それに夜ならほかに咲いている花が少ないから、花粉を託した彼に浮気もされないでしょう?」 ――割かし慎重なんですね。「浅い川も深く渡れ、と教わったものだから。でも、なかなか身ごもらないの。どうしてかしら」 月下美人の原産地は中南米。昭和のはじめ頃、日本に輸入された苗たちは同一株から挿し木で増やしたもので、いわばクローンなのだという。しかし、この花がよりよい子種を残すためにかねてからとっていた策は、同じ遺伝子の花粉では実をつけない自家不和合性。なかなか身ごもらないのも、当然なのだ。「風がそよいで気持ちいい。この匂い、早く彼に届けてちょうだいね」 なにごとも油断せず、慎重に事を進める月下の美人。しかし幾重にも重ねた用心は、時として仇となる。そんな皮肉な運命を、目の前の美人はおそらく知らない。それならせめて今宵美しくあってほしいと願うのは、人の勝手な言い草だろうか。ボタニカ問答帖 032こうもり※17あだ