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概要

BOTANICA

 ――なんだ、言いにくそうだな。花にも毒が?「実は全体的に有毒です。特に鱗茎を食べると多くの方がお苦しみに。ごまかそうとして、あいすいません」 ――そうか、よく教えてくれた。絶対に食べないぞ。しかし、死人花や幽霊花とまで呼ばれるとは気の毒に。「あの、実はそれにも理由がありまして。あたし墓場に植えられることも多いんです」 ――へえ、それはまたどうして。「鱗茎の毒が動物を寄せつけないから。昔は土葬が多かったので、お墓の中を動物に荒らされないようにと」 ――これはまた妖しげな話になってきたな。君は土中でもそんなに強く毒気を発するのか?「ネズミにモグラ、一部の雑草も忌み嫌ってあたしには近寄りません。あたし、薄気味悪い女ですわね……」 ――涙を拭け。立派に役立っているではないか。だがそれで畑の周りなどにもよく植えられているのだな?「ええ。こんなあたしでも必要とされるなら、どこへなりと。お務め、きっと果たしてみせますわ」 ヒガンバナにはリコリンという神経毒があり、鱗茎に最も多く含まれる。この化学物質は動物を忌避させ、一部の植物の成長をも阻害するという。だがこの鱗茎は水にさらせば無毒となり、でんぷんがとれるため飢饉の時には食用とされてきた。先人はヒガンバナの特徴を経験的に知ることで有効利用していたのだ。「あたし縄文の頃より日本におりまして、おかげであだ名が各地に千ほどもあるんです。中でも『狐の松明』や『狐の簪』なんてあだ名は、ちょっとお気に入り。狐はあたしが怖くないのかしら」 植物界広しといえどおそらく随一の、千の名を持つ女。自ら「身から出た 」と言う通り毒草の印象を与える名も多いが、天上に咲く花「曼珠沙華」の名も賜って、開花の様は秋の風物詩ともなっている。今年も秋の彼岸にきっと顔出すこの花こそは、誰よりも律儀な墓守なのである。ボタニカ問答帖 044たいまつかんざしまんじゅしゃげ